だいたいホンの話(3)

IMGP0664 小谷野敦さんの本を読んでいて、小谷野さんがある作家の小説を読む時に、まず著作年譜を作るとか書いているのをみて、ああそうなのかぁと。勉強のできる人って、こういうところからして違うんだなぁなんて思いました。

僕はある小説を読む時に、その小説が作者が何歳の頃に書いたのかとか、ほとんど意識したことがなかった。

たまたま知っているという場合はもちろんあるんですけど。特に早熟の天才というタイプの作家の場合、ランボーとかラディゲとか、どうしたって読む前に知っちゃうし、そのことによる偏見も入っちゃう。若いのにすごいな! と。同じものを若くない人が書いていたらどう感じるのだか。

で、近頃は多少、作者がいくつの頃に書いた作品なのかということに意識がいくようになりました。

それで思ったのは、小説って年取ってから読んだらなお面白いんじゃないかな、ということでした。というのも、外国文学の有名どころの作品って、けっこう作者が年取ってから書いているんだなぁと気がついたから。

やっぱり、作者がその作品を書いた年頃になってから読んだ方が、あるあるネタじゃないけど、あーわかるなーという感じになったりするんじゃないかなと。

ところが、これは僕の偏見で、実際はぜんぜんそんなことないかもしれないけれど、外国文学の古典的な作品なんていうのは、若い人が背伸びして読むばかりで、いい年をした日本の大人は、あんまりそういうのに手を出さないのじゃないかなぁなんて。

文学っていうと青年のもの、みたいなイメージが。

もし実際にそうだとしたら、それはもったいないんじゃないかなぁなんて思ったりするんですが、どうなんでしょうね。

 

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